流川を探せ!




 時は十月下旬のうららかな土曜日、午前十時を少し回った頃。ところは神奈川県立湘北高校、第一体育館前。
 校門は立て看板とトリッキーな飾り門で設えられ、校舎の窓からは幾つもの垂れ幕が下がり、校庭のぐるりには様々な色形のイベント用テントが設置されているきょうは文化祭の一日目。
 年に二日のお祭りを楽しもうと、生徒会執行部以下一丸となってこの日のために準備してきた。その甲斐あってか、大きなトラブルもなく順調な滑り出しだ。
 個人的な感想から言えば、コスチュームかコスプレかの判別のつきにくい女の子たちの、華やかな露出度の高い姿に目を奪われそうな自分に叱咤しつつ、焼きそばの屋台とクレープ屋がお隣同士というのは匂いが混ざって頂けないし、高校近くのコーヒーショップオーナー直伝の豆で挽きたての味を――という売りの喫茶は、出来れば室内でひっそりと営業して欲しかったと思う、湘北高校バスケ部主将、宮城リョータだ。
 お祭り独特の華やかさに浮足立ち、いつにも増して足取りは軽快で、途中、例のゴツいメンバーとつるんでいた三井を拾う形で体育館へと向かった。
 一歩入りその中を見回し、メンバーを確認した宮城は、近くでモップ掛けをしていた一年の石井を呼び寄せた。
「流川は?」
「まだなんすよ」
「おまえ、確か、クラス一緒じゃなかったっけか?」
「はい。イチオウ朝は見かけました」
「登校はしてるんだな?」
「帰ってなければ……」
「おいおい。なんか雲行きが怪しいんじゃねーの?」
 あたかも、監督不行き届きだと言わんばかりに口の端を上げる三井と、その彼に見咎められないように小さくケっと吐き捨てた主将の姿を見つけて、体育館にいた一年生が威勢よく挨拶を送ってきた。
 この夏のインハイ出場と王者山王を破る快挙で、途中入部の部員の数も増え随分と賑やかになった湘北高校バスケ部だが、インパクトの強い一年生ふたりが突出しているせいで、どうも他が大人しく思えてしまう感は否めない。そのふたりがいない。
どこをどう見回しても。だからだろう。やけに整然と掃除と準備が進んでいるのだ。
「花道もか?」
「えっと」
 問われた石井が指差した先、猛獣の片割れの名を口にした宮城の背後から、エラくドスの利いた声がかかった。
「オレはここにいるぞ、リョーちん」
「へぇ、感心感心。ちゃんと来るんだ」
 振り返った三井は、強面を張り付けながらも意外と生真面目な素行を見せる元ヤンに目を見張った。
「何気に失礼だな、ミッチー」
「ミッチー言うなっ」
「感心感心じゃないすよ、三井サン。花道、いま、何時だと思ってんだ」
「十時、五分か?」
「遅刻だ。もう二度と遅刻はしませんじゃなかったのか?」
「たった五分じゃねーか」
「一年は十時じゃねーだろうっ」
 他のメンバーは九時半集合だったんだよと、自分よりはるかに背の高い後輩の腰をリョータはゲシっと回し蹴りした。
「体育館の掃除、すっかり終わっちまってるだろうが」
「痛ってぇ。あんだよっ。流川だって、まだ来てねぇじゃねーか」
「アイツもキチンとシメるから、いちいち喚くな」
「ふん。どうだかな。リョーちん。絶対、アイツ、ひいきするからよ」
「どこの幼稚園児だ、おめーは」
 仁王立ちする桜木の腰にもう一度蹴りを入れている宮城を見て、三井は肩をすくめた。
「ったく、桜木だけでも厄介なのに。面倒事、増やすなよな。あのバカ」
「あー、だからイヤだったんだ。なんで文化祭なんかにオレらが出張らなきゃなんねーの」
「おめーが受けたんだろうが」
「三井先輩だって面白そうとか言ってたじゃないすか」
 バチっと両名の間に火花が散りそうになったそのとき、
「どこだっ、キツネっ。てめーには一年のシメシってもんが、分かんねーのかっ。どこ行きやがった。さっさと出てきやがれっ」
 自分のことはきっちり棚に上げた桜木花道の罵声が、体育館中に響き渡った。





 そもそも、文化祭を発表の場のひとつと考えている文化部とは違い、バスケ部をはじめとした体育会系に出店の義務はない。研究発表展示や屋台など、それぞれクラス単位で参加しているからだ。それでも過去に何度か、空手部主催「瓦割に挑戦」とか、「ビーチバレーならぬ校庭バレー」などの体験イベントがあったらしい。バスケ部も「疑似ダンク体験」みたいなことをやったとか、なかったとか。
 それは後から知ったことで、だからなぜ文化祭実行委員会に、体育会系クラブの全主将とマネージャーが呼ばれなければならないのか、最初、宮城には理解出来なかった。せっかくの、彩子とふたりしてのおさぼりも、校内コミュニケーションルームじゃ意味がない。
 大会も近いのによ、と行儀悪く肘をついていた宮城の名前を呼ぶものがいた。
「そういう案でよろしく」
「へ?」
「おまえ、聞いてなかったな」
「いや、聞いてないっつーか、なんていうか」
 仕方ない、もう一度説明するか、とクラスメイトでもある生徒会会長は壇上の上に両手をついて前のめりになった。
「今年の湘北祭には、運動部も積極的に参加して欲しいと思ってるんだ」
「なんでまた」
「有望な新入生の獲得のために決まってるだろ。オレたちも一肌、脱ぐべきかなって。特に今年は柔道部とバスケ部がインハイへ出場してくれている。
期待は大きいんだよ。どうしたっていい人材は私立に取られがちだろ。特待制度のある私立じゃなく、ちゃんと文武を全うしてこそ高校生だと、証明してみせた。定期テストの補習に悩まされながらも、インハイに出場出来る。公立でも湘北は部活に強いって言われてるし。それをもっとアピールするにはちょうどいい機会じゃないか」
 定期テストの補習云々は大きなお世話だが、ニヤリと笑った隣りの彩子の背がちょっと伸びたのを見て、宮城は慌てて打ち消した。
「いや、ちょっと待てよ。準備とかが大変だと、難しいと思う。本気で大会が近い」
 それでなくても残ってるウチのスタメンは、ことバスケ以外ではまったく使えない野郎ばかりだし、という内なる声を宮城は懸命に飲み込んだ。
「そう言うだろうと思ってプランはもう考えておいた。そんなに難しいくないよ。ちょっとした対決系だから。
ギャラリーの数が多いだけで、いつもと変わらない。あ、バスケ部は普段からすごい声援の中で練習してたな」
「約一名だけの、な」
「だよな。湘北でポイントゲッターって言えば三井先輩? 流川? どっちにしてもすごい集客が見込めると思うんだ」
 特に女子たちの、と言葉にしないでも彼の唇が動いている。
「けっ。そういうことか」
 もちろんうま味も用意してあるよ、と、各学年のクラス代表、文化部部長、そして宮城たち。総勢100名近い視線を集めて生徒会会長はニッコリと笑った。





「そりゃ、他の部はいいよな。主将の鶴の一声で、ガシっとまとまるだろうからよ」
 実行委員会も恙なく終了し、体育館へ戻るリョータは、だれにぶつけられるでもない憤まんを持て余していた。彩子の手前、空き教室の扉を蹴りいれる訳にもいかない。しかも――
「ま、でもよく考えてあると思うよ」
「彩ちゃんはだれの味方?」
 と、哀しくなるようなことを平気で言う。同じ年のくせに、湘北高校のアイデンティティーを確立しようと画策している生徒会長曰く、今年の湘北祭の目玉は、「あの山王に勝利したバスケ部員と夢のシュート対決」らしい。ルールは至って簡単。一般生徒来場者はどの位置からシュートを打ってもいい。対してバスケ部員はフリースローラインからのみとなる。三本勝負で勝った方には、生徒会執行部主催の甘味処「しょうほく」のお団子券が贈呈される。
 大丈夫だよ。バスケ部だけじゃないからと、その他にも「周回遅れの陸上部と一緒にトラック一周」とか「バレー部のスパイクをレシーブしてみよう」とか「柔道部の寝技を解いてみよう」などを考案して押しつけていた。
「トラック一周はともかく、寝技かけられて解けるか?」
「解けないでしょうね、ふつう」
 彩子はケラケラと軽快に笑った。
「勝者全員に団子券贈呈なんて、エラい気前のいい話だな」
「勝算はあるんじゃない?」
「どこだって部の威信をかけて負けらんないから?」
「それもあるけど、仮に一般の勝者がたくさん出たとしても、お団子券だけ貰っても喉が渇くだけでしょ。勝ったひとが一人で行くわけないし、そこでお抹茶なんかを勧めて、さらに売上はホクホクを狙ってるとみた」
「あざとい野郎だぜ」
「流石に学年トップクラスは伊達じゃないって感じね」
 なにが湘北高校のあしたのために一肌脱ぐよ、と彩子は腕を組んだ。
「ヤツの手の内で踊らされるかと思うと釈然としないな」
 執行部に強制の権限はないから断ろうかと横を向くと、彩子はちょっと後方で立ち止ったままなにかを考え込んでいた。
「彩ちゃん?」
 促すと彩子は手をブンブン振って近づき、リョータの背中をパシンと叩いた。
「ううん。いいじゃない、リョータ。手の内で踊ってあげようよ」
「えー、あいつら説得するのが面倒なんだけど?」
「そこがリョータの腕の見せ所よ。泣きごと言わない」
 笑う彩子には何か含むところがあるようだ。





 そういう案が生徒会から打診されたと、伝えたときの流川の顔が見ものだった。いつもの仏頂面に三割ほどの不機嫌さが増し、顔にはそんな暇がどこにあるんだと大書されていたし、尖らせた口先には、生徒会の言いなりかよ、と飛び出た言葉がこもっていた。とても主将を前にした一年生とは思えない様相だ。おまけに、
「文化祭っていつすか?」
 と平気で聞いてくる。
「おま、文化祭の日程も知らねーのか」
「ねーです」
 仕方ねーな。十月の最終土日だと、親切にも三井が説明しているが、あれは絶対、渋々了承の日程確認じゃない。フケる気でいると確証したから、主将の威厳をビシリと突きつけた。面倒なのはおまえだけじゃないと言いたい。
「いいか。全員参加だ。試合と同じだと思え。無断欠席でもしてみろ。オレの権限で、向う一カ月。部活禁止処分にしてやるからなっ」
 ここで流川が唯一頭の上がらない彩子の名を出せば簡単なんだろうが、それは自身のプライドにかけても避けたかった。
「だってさ、流川。よく聞いとけよ」
 不機嫌仏頂面に殺気まで張りつかせた流川と相対し、邪魔くさい振りをしながら終始三井の機嫌はいい。
 ほんの半年前まではだれもが眉をひそめる狂犬軍団の筆頭が、層の厚い神奈川にあっても代表に選出されるスリーポインターにまで上り詰め、そこから当然のように校内のアイドル扱いなんだから無理もない。そして今回は集客要員のひとりとして執行部にお願いされちゃ、一肌も二肌も脱いじゃいましょうオーラが滲み出ていた。
「冬の予選が近いすから」
 続く流川の声はそのご機嫌ぶりを一掃するほど地を這っていた。
「だからなんなんだよ」
「その分、延長とかあるんすか?」
「あ?」
「ああ。そういうことか。お前も大概練習の虫だな。文化祭の二日間、練習出来ない分、何日かで取り戻せばいいんじゃね。延長申請なんか
簡単だろ、宮城」
「まぁ、そうすね」 
「だとさ。安心したなら、とっとと練習始めようぜ。スリーの距離の限界にでも挑戦してみるかな」
 いや、それよりトリッキーなのを混ぜた方が見栄えがいいかも、とツーステップでも踏みそうな軽やかさで三井は集合の輪から離れてゆく。その背を見送り、「そんなんで間に合うんすか」と誰にともなく呟かれた言葉。拾ってやれない自分に苛立ちながらも、宮城は釈然としない流川の背を叩いてボールゲージに向かった。





 そんな様子を鮮明に思い出したものだから、高校バスケ部の主将の役目は幼稚園の先生の雑務に匹敵か、と怒鳴りたくなるもの無理はない。
「きのうの帰りもシツコイほど念を押したのにっ」
 やっぱ彩ちゃんに首根っこを押さえてもらうべきだったかと、今更ながらの後悔と時計とを睨めっこしていた宮城の肩に桜木の手がかかった。
「サボったら部活禁止とか言ってたなリョーちん」
「ああ。言ったよ。言いましたよ。あんだけ脅して来ねーとか、どーゆー精神構造してんだ、アイツ」
「んな生ぬるいこと言ってっからあの野郎が付け上がんだ。いっそ辞めさせちまえっ」
「こんなんで辞めさせてたら、自慢じゃないけど、ウチのスタメンは総入れ替えだってえの。おまえも含めてな」
「なんのとばっちりだよ。シメるっつったんは、どこのどいつだっ」
「うるせーんだよ。頭の上で怒鳴るな。そのシメ方をいま考えてんじゃねーか」
「腕立て100回とか腹筋とかなら、黙々とこなしそうだよな」
「やっぱ、ボールに触らせないのが一番効きますかね」
「一週間ほど、延々と走らせとくか?」
「なんだそれっ。ミッチーもリョーちんも甘すぎるぞっ。ユニフォームを取り上げろ。オレがやる。オレとミッチーのツートップで文句ねーだろ。任せろ。この頃のオレさまのスリーは神レベルにまで達してるからな」
「調子に乗んなよ、花道。おめーの神は軌道の安定しない紙ヒコーキの紙だ。あの精度じゃ生徒会予算が破たんする。見てられるかっつーの」
「言うか、そーゆーことっ。どっちにしてもキツネがいないんじゃ、誰かが出るしかねーだろ」
「おまえとやるくらいなら、オレひとりの方が精神的に楽だ」
「あんだとっ」
 あー煩い、煩いと三井は怒鳴る桜木に近い方に耳栓をして体育館を見回した。
「校内放送で呼び出しして貰おうぜ。ここで議論してても、ラチあかねーし」
「んなカッコ悪いこと出来ませんよ」
 それに、と宮城リョータは空を見上げ、肩をすくめた。
「放送なんかに気づくタマとは思えねー」
 ケッ、面倒くせーヤツと三井は吐き捨てる。
「イベント、何時からだっけ?」
「あと二十分くらいです」
 会場である体育館の掃除と準備は大体終了している。宮城はこの場にいる部員に集合をかけた。
「流川のバカがまだ来ねー。仕方ないから手の空いてる一、二年でローラー作戦だ。手分けしてヤツが居そうな場所をしらみ潰しにする。
けど、見つかんなくても五分前にはここに集合しろ。そんときはアイツなしでイベント開始だ」
 ウスっと、湘北高校バスケ部の面々は思い思いの方向へ散って行った。





 息を切らせた部員たちが帰ってくる頃には、マネージャーの彩子と晴子も姿を見せ、流川の身勝手を身勝手とも思わない独尊ぶりに、さすがの彩子も庇う言葉が出てこない。バキっという鈍い音がして、晴子はちょっと避難する。真っ先に被害を被ったのは、彼女がいつも手にしているバインダーだった。
「――あの、バカっ。これとおんなじように捻じ曲げてやろうかしら」
「彩子さんっ、落ち着いてっ」
 晴子は懸命に持っていたタオルで彩子に風を送るが、鎮火には程遠い。
「あーあ、一番怖い相手を敵に回しやがったな」
 肩を揺すって笑う三井をよそに、宮城は帰ってきた部員たちに向き直った。
「どこにもいなかったのか」
「すみません」
「いや、おまえらのせいじゃない。第二体育館は探したよな。あっちと勘違いしてる可能性もないこともない」
「一番最初に行きましたけど、きょうとあしたは吹部と軽音とかのコンサートステージ化しててて、フロアはパイプ椅子で埋まってました」
「校舎の屋上は? あそこでよく寝転んでるって聞いたけど」
「鍵、かかってて、昇降禁止みたいです」
「寝るって言えば保健室か」
「それはオレが。校医の先生に聞きましたけど、流川は行ってないです」
「一年の教室は?」
「使ってない教室も入れないようにしてありました」
「あとどこだ。寝転べるとこって。校長室のご立派なソファとかでぐーすかだったら、おらぁ、アイツに表彰状、やる」
「それは、いくら、なんでも」
「寝やすいっつったら、茶道部の部室は畳だよな」
「わぁ、流川が寝てたら、部員の子らは気ぃ使ってそっと布団を掛けてそう」
「遠巻きに巻いて、写メってるよ。大変なことになるよ」
「同じ畳なら柔道場にして欲しいな。よりによって茶道部を選ぶ流川とか厭だよ」
「なに言ってんだ、桑田?」
「どっちにしても校内に共犯者がいたら、探しようがないな」
「ったく、だれが考えてもどこかで寝てるが前提かよ」
「そりゃ、アイツが楽しそうに模擬店を見て回ってて、時間の経つのを忘れてましたぁ、なんて想像できませんよ」
「ほっんとに集団行動の出来ない子ね。あれでよくチーム競技なんかやってるわ」
「あたし、流川くんの家に電話してみますっ」
 三井が吐き捨て、宮城が肩をすくめ、彩子の憤りが収まらず、晴子が駆けだそうとしたそのとき、
「え〜、なんで、流川いないの?」
 と、体育館の入り口から素っ頓狂な声がかかった。





 閉めていたはずの扉がいつの間にか開いていた。強い逆光に目が慣れず、ぼんやりとした輪郭を揺らしながらその人物は佇む。それでもひと目で分かる独特の髪型に、どれほど恵まれているか知れる上背。よくとおる声には聞き覚えがあるどころじゃない。他校の体育館でありながら、ちゃっかりバッシュ装備の彼は、なんの悪びれもなくスタスタと入ってきた。
「なんでお前がいんだよ、仙道」
 このクソ忙しいときに、と宮城はジワジワと襲い来る頭痛と戦っていた。
 名門陵南高校バスケ部主将仙道彰。神奈川広しと言えど、ただひとり天才の名を拝して臆しない男だ。無冠の大器。勇名はすでに全国区などとバスケ誌で取り上げられ、インハイを経験していないはずの男が、冬の選抜に向けて、神奈川で一、二を争う有名なケイジャーであることは間違いない。その陵南の夏の本戦出場を湘北が阻み、学校レベルでも因縁の深い相手が、なぜこうも何度も何度も姿を見せる。
 しかも必ず流川絡みで。
 宮城が睨めつけても仙道は、実はね、と軽快に語り出した。
「ウチの一年が、今年の湘北祭の目玉は、バスケ部のメンバーとフリースロー対決らしいって情報を掴んできてさ」
「だったらどうだってんだ」
「楽しそうじゃん。そういうことならオレも挑戦しようかな〜とか思ったり」
「おまえ、部活はどうしたんだ?」
「えっと、午後から?」
「フン。相変わらずだな。じゃ、お客さま、申し訳ないですけど、まだ開店前でございますので、会場外でお待ちください、だっ」
「もう開始していい時間だぜ。追い払われる謂われはないね」
「イベントの特質上、バスケ経験者の参加はご遠慮頂いております」
「わぁ、なんてケツの穴の小さいことを」
「喧嘩売りに来たんかっ」
「人聞きが悪いな、宮城。せっかくのお祭りを盛り上げようって親心じゃん」
「てめーみたいなケツの軽い親を持った覚えはねー」
「てめーに心配される謂われはねー」
 三井と宮城が同時に叫んだとき、
「ちょっと待ってリョータ。せっかく仙道がそう言ってくれてるんだもん。お言葉に甘えましょうよ」
 歪に曲がったバインダーをヒラヒラさせながら彩子がニッコリ笑った。
「さすが彩子さん。話が分かる」
「彩ちゃんは、もう、ほんとにどっちの味方っ」
 宮城はもう、ほとんど涙目である。
「だって、盛り上がるのは間違いないでしょ。客寄せパンダとしては上玉だしね」
 本人を目の前にそう言い切る彩子も相当だが、何気に失礼だな、彩子さんはぁ、とカラカラ笑える男の性根も大概だ。
「ノリが悪いよ、宮城。流川がいたら、面白いくらいに食ってかかってくれるぜ」
「安心しろ、センドー。キツネがいなくても、オレさまが相手してやるっ」
「桜木でもいいな。けど流川がいた方が断然面白いよ。アイツの目の前で桜木とマッチアップでもしてみ。考えただけでも、身に突き刺さる、嫉妬の恍惚感」
 身もだえしちゃう、と躰をくねらせる大男ほど気味の悪いものはない。
「おい、だれか。こいつの戯言、日本語に訳してくれ」
「判読不可能の方が幸せかもな……」
「その肝心の流川はどこへ行ったの?」
 なんだ。オレじゃ不服かと元ヤン三井が、面目躍如とばかりに睨みを利かせたが、それをサラっと流した仙道はにっこりと笑った。
「いないつうか、見当たらないつうか」
「なんだ、それ」
「野郎、絶対どっかで寝こけてやがるんだ」
「あれま。流川らしいっちゃらしいか。で、探したけどいないと?」
「イチオウ、居そうなとこは」
 体育館を見渡すように仙道が背を向けた。陵南カラーのウォームアップジャージの上着の裾がヒラリと舞い、きっちりと対外試合の様相の仙道が、この格好で校門をくぐったとあれば、さぞかし校内がざわめいただろうと思う。バスケ部の活躍を知らないものがいたとしても、陵南の存在を知らないものがいたとしても、彼が放つ存在感は計り知れない。
「流川イコール体育館だからな。ここから離れるわけないと思うんだけど」
 仙道が指差した二点は体育教官室と器具倉庫だった。
「えぇっ? 教官室は挨拶するために入りましたし、倉庫だって、モップとかゲージとか出したから」
 一年の桑田がチームメイトたちと確認するように口を挟んだ。自分たちの落ち度からの言い訳と思われたくはないけれど、その二箇所はないだろう。けど、倉庫って以外と広いし、隅々まで見渡せたっけ。気配はなかったけど。居なかったと思う。居たら絶対気づくし。いや、でも、これだけ騒いで起きないなんてある? 流川だぜ。え〜、まさか、こんなところに、と一同が騒ぎ始める。
「ウソだろ」
 怒りよりも脱力の方が勝った三井と宮城は顔を見合わせた。
「倉庫の中、確認しなかったのかよ……」
「確認って。その、結構、バタバタしてて――」
「一番奥は確か、跳び箱とマットで、その前にボールゲージがあったから、そこで寝てたら分かりますし、他にそんな広いスペースはないっていうか……」
 いやいや、甘いよ。一年生諸君、と仙道がしたり顔で言う。
「アイツ、結構コンパクトに収まって寝たりするよ」
「なんだおめーが、んなこと知ってんだっ」
 叫んだ宮城をしり目に、仙道は確信したように倉庫を目指す。慌てた部員たちもそれに倣った。





 重い扉を開け放つと、明かり取り窓から伸びた日差しの中で盛大な量の埃がキラキラと舞っていた。倉庫独特の匂いとひんやりとした冷気が覆い尽くす中、跳び箱、マット、ポール、ネット、掃除道具などが比較的綺麗に配置されている。ざっと見回しても確かに流川の姿はない。見当はずれだったかなと思いながらも仙道は奥へ進んだ。
 一番奥には三つに折り畳まれたマットが腰の高さくらいまで積んである。その前の台座に並んだ八段の跳び箱が三箱とバレーボールの支柱ラック。目隠しとなる大物はそれくらいで、仙道は障害物をくぐり抜け跳び箱のその奥を覗き込んだ。
 なるほど。
 ちょうど跳び箱が手前で死角となり、入り口近くからでは奥のマットは両端くらいしか見えない。その隙間に入り込んで、手足をくの字に折り曲げた流川が、ボールを抱え込んで健やかな寝息をたてていたのだ。
「ほら、こんなとこにいた」
 手招きすると部員たちは慌てて近づいてきた。
「えーっ」
「うそだぁ」
「いるか、ふつー」
「そりゃ、見えねーわ」
「こいつ、いつからここに居たんだっ?」
 いつから居たのかが最大の謎で、彼らが大声で騒いでも流川はピクリともしない。
 日差しが当たって気持ちよさそうとはいえ寒々とした倉庫で、きっとだれよりも早く体育館にやって来た流川はボールを出そうとして、さて、なんで寝入るはめになるのか、その訳をコンコンと問い詰めたい気になる。きっと凡人には考えられないような冒険譚があってそこにたどり着いたんだろう。
 跳ねたボールがマットに落ちたか、片づけ忘れたボールをそこで発見したか。ボールで遊んでたのか遊ばれたのか。ま、なんにせよ、人騒がせなヤツ――以外の何物でもない。
「流川、楽しいバスケのお時間だよ」
 仙道は跳び箱の上に乗り出して身を屈め、気分は眠り姫を見つけた王子さまよろしく、殊更柔らかい声で囁くけれど、そんなもので目覚めるほど流川の神経は敏感には出来ていない。しかも、
「こんの寝腐れキツネがっ!」
「さっさと起きてキリキリ動きやがれっ」
 お付きの従者――もとい――桜木と宮城の突撃で、寝てるときだけ大人しい流川の頬を思う存分撫でようとしていた仙道の手は浮いたまま、愛しの君はあっという間に乱暴に引きずり出され、挨拶も出来ないまま浚われていった。





 その膂力の凄まじさに遅れを取って、仙道が体育館に戻ったときには、すでに流川はボールを握ったままコートにつっ立っていて、体験者たちの誘導も始まっていた。メインのゴールのふたつが三井と流川の持ち場で、あとサイドに四つあるサブのゴールにも人が配置されている。
 陵南の仙道だ、と驚いてくれたのは参加者だけで、流川に至ってはここがどこなのか、寝起きの頭ではまだ把握出来ていない。もしかすると、仙道すら認識していないかの定まらない焦点だ。
「おはよ」
「あぁ……」
「えっと、なんでオレが居るのかって顔してるけど、文化祭で流川と対決出来たら楽しいかなって思って、それで――」
「はいはい、仙道くんはこっちに来てね」
 頭をかきながらオタオタしていると突然彩子に腕を取られた。最後まで言わせてもらえずに流川の前から離されて奥のサブゴールを割り当てられる。そこにいた女子高生たちが小さな嬌声を上げたのでニッコリ笑っておいた。程なく、ひと所に集中しないように部員たちが交通整理を始めた。はい、どうぞと一年生から渡されたオレンジ色のボール。仙道がハテナマークを張り付けていると、マイクを持った彩子の挨拶が始まった。
「湘北祭にようこそおいでくださいました。いまからバスケ部主催のイベントを開催します。順番に並んでもらって好きな選手と対決してくださいね。左の奥のゴールには、友情出演、天下の陵南高校の仙道くんがシュート指南をしてくれます。ひと通り終わりましたら、その仙道くんとウチの流川のワンオン対決なんかも予定してますので、まだ帰らないでね」
「えーっ」
「インハイ神奈川予選の再来?」
「また見れんのっ」
「それってスゴくない?」
 体験者からは歓声が上がり、それに反して部員たちは引き気味だ。
「彩ちゃん……」
「そんな話……」
「いつ……」
「決まったの?」
 戸惑いと歓声が入り混じる中、奥のゴール近くにいた流川の視線が仙道に合わさった。
 なんでオレが他校の文化祭で貢献しなくちゃならないのと思うけど、湘北の体育館で流川と戦っておくのも悪くない。彦一経由できょうの顛末は、遅くてもあした中には陵南のメンバーの耳に入る。越野は間違いなく大噴火するだろうし、福田の鋭い突きから身を守る術も考えなくちゃならない。
 それでも。
「ま、いっか」
 これが終わったら流川に文化祭を案内させてやろう。白昼堂々デートなんて一度もなかったよな、と限りなく不可能に近い願望を抱いて仙道は、お行儀よく一列に並んだ参加者に向き直った。




 仙道流川のワンオン対決が始まる頃には件の生徒会長も姿を見せ、思わぬサプライズと思っていた以上の盛況ぶりに大満足だったようだ。あのインハイ予選を知る者も知らない者も一体となってふたりに声援を送った。帰る頃には、だれもがステップを踏みながら手はシュートの格好になっている。気をよくした生徒会長は最後の後片付けまで手伝ってくれた。
「お疲れさまだったね、リョータ」
「ほんと、きょうはどうなるかと思った」
 一日目のお役目も終了して、体育館の施錠も終わったあとに、彩子が宮城を労ってきた。午後からは一緒に文化祭を見て回る約束も取りつけてある。これって特大級のご褒美だよなと、咽び泣きそうになる宮城だ。
「結果オーライってとこだけど、他の部員に示しがつかないから、流川には本気で月曜から三日ほどクラブ停止処分にした方がいいわね」
 それはいいんだけと、宮城は声を低めた。
「もしかして、陵南に今回の情報をリークしたのって、もしかして――」
「あ、やっぱり分かる?」
「そりゃもう。用意してあったみたいな仙道の扱いだったからな」
「来るかどうかなんて五分五分だったんだけど、仙道のヤツ、本気で楽しんで帰ったよね。アイツもただで起き上がらないよ。ま、執行部にこれだけ恩を売ってれば、来年度のクラブ費の倍増も願いだしやすいでしょ」
「なるほど、そっちか」
「今までは対外試合の交通費だって、県外遠征費だって丸々個人持ちだったでしょうが。これでちょっとは遠征費に回せるじゃない。ボールも傷だらけだし、試合用のボールゲージがそろそろヤバいのよ」
 なにかと物入りだしね、とカラカラ笑って彼女は先をゆく。執行部もお団子券を進呈した割には、来客数の多さでホクホクだったと聞くし、被害を被ったひとりとしては、皆さん幸せそうでよかったですねとやさぐれたくもなる。
 お祭りもあと一日だ。自分も幸せになるか、と宮城は彩子の後を追った。





 ちなみに、仙道と流川が湘北祭でデート出来たかどうかは、そんな目撃談が出なかったことから、不発に終わったようだ。




                           END








clover flavor」木島さまよりまたまた頂きましたっ!
自慢!!
リクさせて頂いた総モテな流川です!
みんなして楓ちゃん探し回ってて可愛いv
騒動に気付きもせずにコンパクトにちまっとなって寝てる楓たんが図太さも含めて炸裂可愛い!
颯爽と現れてするっと楓たん見つけてしまった仙道さんがカッコいいです。
楓ちゃんがコンパクトに眠るとご存知な仙道さんに妄想がかき立てられますね!(笑)
予期せず仙道さんと1ON1出来た楓ちゃんはさぞやご満悦だったんだろうな、と。
文化祭デートは不発の様ですが、その後仙道さんにはご褒美はあったのか無かったのかもぎ取ったのか…!
仙道さんの事だからちゃっかり何かしらGETしていそう!妄想が止まりません!!

そして終始アヤちゃんの尻に敷かれてるリョーちんが愛しい(笑)


頂いてばっかりですみませんありがとうございます!至福…!!



2009/12/13